プロジェクトスクール@3331レクチャーvol.8

プロジェクトにおけるアートとデザイン


プロジェクトスクール@3331第2期、第8回目の講義はアーティストの鈴木康広さんにお越しいただき、「プロジェクトにおけるアートとデザイン」をテーマにお話を伺いました。
アートとデザイン両方の領域に携わる鈴木さんが考える、それぞれの定義とプロジェクトにおける位置づけとは…?

【実施概要】

日 時: 10月30日(月)

講 師: 鈴木 康広 氏(アーティスト)

参加生徒数: 10 名

 

アートワークを通して、「世界のみかた」を考える


「僕は『アーティスト』という肩書きを選んで活動していますが、デザインのプロジェクトや展覧会への参加、デザイナーが受注するような仕事の依頼もあったりします。僕自身というより作品が、アートとデザインの間で彷徨っているとも言えるかもしれません。基本的には近所、身近なものが好きです。例えば、子供の頃、地元にある電波塔を東京タワーだと思い込んでいたのですが、こうしたある種の間違えたものの見方のあり方そのものを、アートワークを通して確認することに時間を費やしてきました。」(鈴木さん)
自分自身が当たり前だと思っていた事柄に対しての新たな発見、『世界のひみつ』のようなものをテーマにしていることが多いという鈴木さん。「蛇口の起源」(2006年)は、「蛇口というのは開口部から出てくる水が蛇に見えたのではないか?」という気づきから、放出され、風に揺らぐ水の様子をストップモーションで映像作品化したもの。「日本列島の方位磁針」(2011年)は、タイトル通り日本列島自体が方位磁針の機能をもつ作品。方位という便利な機能を介さないことで、普段意識しない日本列島の向きが妙なリアリティで迫ってくるそうです。「りんごのけん玉」(2003年)は、けん玉の起源が落下するりんごを剣でさすことからきているのではないか?というアイディアから作成したそう。本当にそうかどうかはさておき、この形でずっと変わらずに存在していることには理由があるという考えのもと、原因と結果を新しく見立てていくことを試みた作品です。

 

アートを特権化しない


「ファスナーの船」(2004年)をはじめ、精力的にアート活動を続けていた鈴木さん。しかしある日、ふと気づいたことがあったそうです。
「一人の作家として生きていくためには、アートという位置づけにも甘えず、社会に対してデザインしていくことも必要なのではないかと思ったんですね。つまり、アートを特権化し、“無意味なことの意味” があると信じこむのではなく、自分自身の活動に対して意味付けしていくことが必要なのだろうと。しかし意味付けは同時に、意味を限定・収束することになるので、言葉だけが先行しないよう、作品と言葉、状況と言葉を併存させ、一定の“ぼんやり具合” を維持するバランスが重要だと思います。
とはいえ、実は自分では行なってきませんでした。幸いにも、僕の作品を見てプロジェクトに巻き込んでくれる研究者やデザイナーや企業との出会いによって、活動の方向性や意味が少しずつ生まれてきたのです。」(鈴木さん)

 

アートとデザインの狭間で プロジェクト考察:「空気の人」

 
「空気の人」(2007年)は鈴木さんの代表作の一つ。この作品は2009年に東京大学のメディア技術の研究室と取り組んだ「デジタルパブリックアートを創出する技術」プロジェクトで、羽田空港のロビーで展示を行ないました。そのほか、武蔵野美術大学の学内の広場、美術館、都市のビルに囲まれた淡路公園、どんな場所でも「空気の人」たちはゆったり座ったり寝転んだりしています。
「東大のメディア技術の研究プロジェクトに関わったことに多くの影響をうけました。メディア技術には、物理的なものと概念的なものがありますが、僕はここに人間の身体が介在する必要性があると感じました。有機的な/予測できない性質をもつ空気そのもの、また、『空気を読む』という表現に挙げられるような、言葉で説明しきれない感情の取り扱いにメデイア技術が向き合うために、『空気の人』を作ったのです。プロジェクトが起こる瞬間は、不思議な縁というか、期待感のようなものがないと心が動かされません。いかに幅広い立場の人々の心を動かすことができるか、そのデザインはなかなか難しいものです。」(鈴木さん)

空気というテーマそのものに、「捉えきれない」というアートの性質を感じますが、プロジェクトを広げていくには期待感を高める仕掛けのデザインが必要です。一方、全てを申し合わせた瞬間に失われてしまうものがある。ここにアートとデザインの狭間の葛藤があるのだと思います。

 

Point:
デザインとアートの絶妙なバランスをキープする
プロジェクトを続けるために必要な「ぼんやり」

「僕の中でアートは、目的が明確ではないもの、ある意味でイノベーションという言葉に近いものです。今良いと言われているものが、未来永劫良くあり続けるとは限らない。誰もが信じて疑わないことを根本から疑うことができるかどうか、そして仕切り直しができるかどうか。的を得ていれば、すぐに理解は得られなくても、後々評価されることもあるかもしれない。そんな試みのことをさしているように感じています。
デザインの難しいところは、デザインすることによって、確実に成果が見込める一方、そこに縛られてしまうということです。だから、僕は成り行き自体はデザインしないようにしています。人が見立てている目的に沿って、僕がぼんやり抱えているテーマを緩やかに進めていく。僕は、色んな立場の人が考えるきっかけを作り出すことがアートの役割と捉えているのですが、これはデザインの厳格さでは到底果たし得ないものです。プロジェクトを続けるという点において、この『ぼんやり』はもしかしたら一つのヒントになるのかもしれません。渡すまで結果がわからない『プレゼント』のようなものではないかと思います。」(鈴木さん)

これまでの講義